私が、子供だけの病気だと思っていたヘルパンギーナの本当の恐ろしさを知ったのは、30代半ばの夏でした。当時、保育園に通っていた息子がヘルパンギーナと診断されましたが、幸いにも息子の症状は微熱と少しの食欲不振だけで、すぐに元気になりました。問題は、その数日後に、看病していた私自身に訪れたのです。始まりは、全身を襲う猛烈な悪寒でした。真夏にもかかわらず、歯の根が合わないほどガタガタと震え、体温は一気に39.8度まで跳ね上がりました。そして、喉には、まるで熱した鉄の棒を押し付けられているかのような、焼けるような激痛が走りました。つばを飲み込むことさえ、一大決心が必要なほどの痛みでした。病院では、息子のこともあり、すぐに「ヘルパンギーナ」と診断されました。大人がかかると重症化しやすいとは聞いていましたが、その辛さは想像を絶するものでした。高熱と喉の痛みに加えて、私を苦しめたのが「咳」でした。それは、痰が絡むような湿った咳ではなく、喉の奥から込み上げてくるような、乾いた、そして一度出始めると止まらない、けいれん性の咳でした。喉が痛くてたまらないのに、咳をするたびに喉に激痛が響き、まさに拷問のようでした。医師によると、喉の奥にできた無数の水ぶくれと、それが破れた後の潰瘍が、強い刺激となって咳を誘発しているのだろう、とのことでした。特効薬はなく、処方されたのは解熱鎮痛剤と、炎症を抑えるうがい薬のみ。ひたすら耐えるしかありませんでした。食事は全く喉を通らず、水分を摂るのもやっとの状態。咳き込みすぎて眠ることもできず、体力はどんどん奪われていきました。心身ともに限界を感じていた発症から4日目の夜、ようやく少しずつ熱が下がり始め、咳の発作も頻度が減ってきました。完全に回復するまでには、10日以上かかりました。この経験は、私に夏風邪の恐ろしさを教えてくれました。そして、ヘルパンギーナは、高熱と喉の痛みだけでなく、時に耐え難い咳をも伴う、非常に厄介な病気なのだと、身をもって知ることになったのです。

かかとの後ろ側が痛い。アキレス腱付着部炎とは?

かかとの痛みというと、足の裏側が痛む「足底腱膜炎」が有名ですが、痛みの場所が「かかとの後ろ側」、つまりアキレス腱がかかとの骨(踵骨)にくっついている部分である場合、それは「アキレス腱付着部炎(けんつけちゃくぶえん)」の可能性が考えられます。アキレス腱は、ふくらはぎの筋肉(下腿三頭筋)と、かかとの骨をつなぐ、体の中で最も太くて強靭な腱です。歩く、走る、ジャンプするといった、地面を蹴り出す動作の際に、非常に大きな力を発揮します。アキレス腱付着部炎は、この腱がかかとの骨に付着する部分に、繰り返しの負荷がかかることで、微細な損傷や炎症が生じる状態です。ランニングやジャンプ系のスポーツを行うアスリートに多く見られますが、一般の人でも発症します。主な原因は、やはり「オーバーユース(使いすぎ)」です。急に運動量を増やしたり、坂道でのトレーニングを過度に行ったりすると、アキレス腱の付着部に牽引力が集中し、炎症を引き起こします。また、スポーツ選手でなくても、長時間の歩行や立ち仕事も原因となり得ます。さらに、靴との関連も非常に大きいです。かかと部分が硬い革靴や、サイズが合っていない靴を履き続けることで、アキレス腱の付着部が常に圧迫され、摩擦による刺激で炎症が起こることがあります。これを「ハグルンド病(変形)」と呼ぶこともあり、かかとの後ろ側が赤く腫れ、骨が出っ張ったようになることもあります。症状としては、運動の開始時や、朝起きた時などに、かかとの後ろ側に痛みを感じます。アキレス腱を伸ばしたり、坂道を上ったりする動作で、痛みが増強するのが特徴です。患部を押すと、強い痛みを感じます。治療の基本は、まず原因となっている運動を休止し、患部を安静に保つことです。痛みが強い時は、アイシングで炎症を抑え、消炎鎮痛剤の湿布や内服薬を使用します。そして、痛みが和らいできたら、硬くなったふくらはぎの筋肉やアキレス腱のストレッチを丁寧に行い、柔軟性を取り戻すことが、再発予防のために非常に重要です。クッション性の良い靴を選んだり、かかと部分にパッドを入れたりするなどの工夫も有効です。

成長期の子供のかかと痛。「シーバー病」の原因と対処法

活発にスポーツに打ち込む、小学校高学年から中学生くらいのお子さんが、「かかとが痛い」と訴え始めたら、それは「シーバー病(踵骨骨端症:しょうこつこったんしょう)」かもしれません。シーバー病は、成長期に特有の、かかとのスポーツ障害です。大人の足底腱膜炎とは異なり、骨の成長過程が深く関わっています。成長期の子供のかかとの骨(踵骨)には、「骨端線(こったんせん)」と呼ばれる、成長のための軟骨部分が存在します。この骨端線は、大人の硬い骨に比べて強度が弱く、非常にデリケートな部分です。シーバー病は、この弱い骨端線に、運動による過度な負荷が繰り返し加わることで、炎症や血行障害が起こり、痛みが生じる状態です。特に、サッカーやバスケットボール、陸上競技など、走ったりジャンプしたりする動作が多いスポーツを行っている子供に好発します。症状は、運動中や運動後にかかとの後方から側面にかけての痛みとして現れます。かかとを地面につけると痛むため、つま先立ちで歩くような特徴的な歩き方になることもあります。そして、かかとの骨を指でつまむように押すと、強い痛みを感じるのが、この病気の典型的なサインです(踵骨圧搾テスト)。では、なぜこのようなことが起こるのでしょうか。成長期の子供は、骨の成長スピードに、筋肉や腱の成長が追いつかないことがあります。そのため、ふくらはぎの筋肉やアキレス腱が相対的に硬く、柔軟性が低い状態になりがちです。この硬いアキレス腱が、運動のたびに、付着部であるかかとの弱い骨端線を強く引っ張り続けるため、炎症が引き起こされるのです。治療の基本は、まず「安静」です。痛みの原因となっているスポーツ活動を一時的に休止し、かかとへの負担を減らすことが最も重要です。痛みが強い場合は、アイシングで炎症を抑えます。そして、痛みが和らいできたら、再発予防のために、硬くなったふくらはぎの筋肉とアキレス腱のストレッチを、入念に行うことが不可欠です。また、かかとへの衝撃を和らげるためのヒールカップや、クッション性の良い靴を選ぶことも有効です。シーバー病は、骨の成長が終われば自然に治る病気ですが、痛みを我慢して運動を続けると、症状が悪化し、長引く原因となります。指導者や保護者が病気を正しく理解し、子供の痛みのサインを見逃さず、適切な休養をとらせてあげることが何よりも大切です。

かかとの痛みを放置するリスク。慢性化と二次的な不調

かかとの痛みは、日常生活で頻繁に起こりうるため、つい「そのうち治るだろう」と、我慢したり、放置したりしてしまいがちです。しかし、その痛みが足底腱膜炎などの明確な疾患によるものである場合、適切な対処をせずに放置することは、症状を慢性化させ、さらには体全体の不調へと繋がる、様々なリスクをはらんでいます。かかとの痛みを放置した場合に起こる、最も直接的な問題は「症状の慢性化」です。足底腱膜炎の初期段階では、炎症を起こしている部分も小さく、安静やストレッチで比較的スムーズに回復が期待できます。しかし、痛みを我慢して歩き続けたり、スポーツを続けたりすると、足底腱膜の微細な断裂は修復されることなく、繰り返しダメージを受け続けます。すると、炎症は慢性的なものとなり、腱膜の組織自体が、柔軟性のない、硬くてもろい組織へと変性していきます。こうなると、少しの負荷でも痛みを感じるようになり、治療にも長い時間を要する、難治性の足底腱膜炎へと移行してしまうのです。次に、深刻なのが「二次的な不調の発生」です。私たちは、かかとに痛みがあると、無意識のうちに、その痛みを避けるような歩き方をするようになります。痛いかかとを地面につけないように、つま先で歩いたり、足の外側に体重をかけたりといった、「逃避的な歩行」です。この不自然な歩き方(跛行:はこう)が長期間続くと、体のアライメント(骨格の並び)に歪みが生じます。その結果、かばっていた足の反対側の足や、足首、膝、股関節、さらには腰にまで、過剰な負担がかかり、新たな痛みや関節の障害を引き起こす原因となるのです。「かかとが痛かっただけなのに、いつの間にか膝や腰まで痛くなってしまった」というケースは、決して珍しくありません。また、常に痛みを抱えて生活することは、精神的にも大きなストレスとなります。好きなスポーツができない、旅行に行けないといった活動の制限は、生活の質(QOL)を著しく低下させ、気分の落ち込みや、うつ状態に繋がることもあります。かかとの痛みは、体からの重要な警告サインです。そのサインを無視せず、早期に整形外科などの専門医を受診し、適切な治療を開始すること。それが、将来のより大きな問題を防ぎ、健康な体を取り戻すための、最も賢明な選択なのです。