日本の地域医療という広大なエコシステムにおいて、大学病院とは「最後の砦」であり、同時に「羅針盤」の役割を果たしています。地方都市や離島、へき地を含むあらゆる地域において、重症度の高い患者を確実に受け入れるキャパシティと専門性を維持し続けることは、国家的な安全保障にも等しい重い使命です。大学病院の役割は、自院の中だけで完結するものではありません。地域の医師会や一般病院と密接に連携し、医療の「交通整理」を行う司令塔としての機能を持っています。例えば、心筋梗塞や脳卒中といった急を要する事態に対し、地域の消防と連携して最短で受け入れ態勢を整える救命救急センターの運用は、大学病院の組織力があって初めて成り立つものです。また、災害時においては、DMAT(災害派遣医療チーム)の拠点となり、被災地へ専門家を派遣するとともに、広域搬送のハブとして機能します。平時においては、地域の開業医に対して最新の治療法を共有する勉強会を開催したり、専門外来への相談窓口を開放したりすることで、地域全体の医療の質を底上げしています。これを医学用語で「病診連携」や「病病連携」と呼びますが、大学病院はこのネットワークのハブとして、患者の流れを最適化する責任を負っています。もし、大学病院がこの役割を放棄し、軽症者から重症者までを無差別に受け入れてしまえば、地域全体の医療体制は瞬く間に機能不全に陥るでしょう。だからこそ、紹介状制度などの「適切な受診行動」への理解を住民に求める啓発活動も、大学病院の重要な仕事の一つなのです。また、医師不足に悩む地方の公立病院へ、専門医を派遣して地域医療を支えるという「医師の供給源」としての役割も無視できません。私たちが住む街で、いつでも高度な医療にアクセスできるという安心感は、こうした大学病院による水面下での支えがあってこそ維持されています。大学病院とは、最先端の技術を誇る孤高の存在ではなく、地域社会という土壌に深く根を張り、すべての住民が安心して暮らせるための基盤を支える、最も献身的なインフラなのです。私たちが大学病院という存在を正しく支え、信頼を寄せることは、自分たちの子供や孫の代まで質の高い医療を引き継いでいくための、最も確実な投資と言えるでしょう。砦を守ることは、地域を守ること。その誇り高き使命を抱え、大学病院は今日も、静かに、しかし力強くその門戸を開き続けています。