仕事から帰宅した私を待っていたのは、いつもの「パパ!」という明るい声ではなく、玄関まで響き渡る激しい泣き声でした。妻に抱かれた息子の顔を一目見て、私は思わず立ちすくみました。「これ、本当にうちの子か?」と疑うほど、息子の顔は変貌していたのです。昨夜までの高熱が嘘のように下がったと聞いて安心していたのですが、目の前にいるのは、まぶたが重く垂れ下がり、頬から顎にかけて赤い斑点がびっしりと浮き出た、見たこともないような不機嫌な生命体でした。妻の話によれば、午前中に熱が下がった直後から、顔から火が噴くように赤くなり、そこから一分たりとも泣き止んでいないとのことでした。私はその夜、初めて「不機嫌病」の洗礼を全身で浴びることになりました。抱っこをしても、おもちゃを見せても、好物を差し出しても、息子は顔を真っ赤にしてのけ反り、私を拒絶しました。顔の発疹が、まるで怒りの模様のように見えて、私は自分が何か悪いことでもしたような、やり切れない気持ちになりました。特に深夜、暗闇の中で泣き続ける息子の腫れぼったい顔をライトで確認したとき、その異様さに「本当にこれは明日になれば治るのか」という不信感が頭をもたげました。顔の腫れのせいで、息子の大好きな、あの三日月のような笑った目がどこにも見当たりません。親として、子供の顔が変わってしまうことがこれほどまでに心を削るものだとは知りませんでした。しかし、翌日の昼間、小児科の先生からもらった言葉を妻から聞き、私の心境は少し変わりました。「パパ、この顔はね、息子くんが生まれて初めて自分ひとりの力でウイルスに勝った証拠なんだって」。そうか、この顔の赤みは、彼の中の小さな戦士たちが勝ち鬨を上げている姿なんだ。そう思うと、パンパンに腫れたまぶたも、不気味だった赤い斑点も、どこか誇らしげに見えてきました。そこからは、泣き叫ぶ息子を「頑張ったな、すごいな」と心から褒めながら抱きしめることができました。三日目の夜、ようやく息子はスヤスヤと眠りにつき、その翌朝には、あんなに私を怯えさせた顔の発疹は嘘のように薄くなっていました。まぶたの腫れも引き、ようやく元の可愛い目が私を見つめ返してくれたとき、私は一週間ぶりに深い呼吸ができた気がしました。突発性発疹は、パパにとっても大きな試練です。見た目の変化に狼狽え、不機嫌さに疲弊しますが、それを乗り越えた先にある笑顔は、以前よりもずっと輝いて見えました。顔の異変は、家族の絆を再確認し、子供の成長を魂で感じるための、忘れられないエピソードとなりました。
パパが見た突発性発疹による息子の顔の腫れと不機嫌