本報告では、長期間持続する吃逆(しゃっくり)とそれに伴う胸部痛を主訴に来院した六十代男性の症例について、その診断過程と治療成果を検討します。患者は既往歴として高血圧と軽度の慢性胃炎を有しており、来院の三日前から突発的にしゃっくりが開始されました。市販の鎮痛剤や消化剤を服用したものの改善せず、次第に吸気時およびしゃっくりの瞬間に「胸を締め付けられるような痛み」を強く感じるようになったため、当院を救急受診しました。初診時の所見として、顔面はやや蒼白であり、頻回な吃逆により正常な会話が困難な状態でした。心電図検査およびトロポニンテストでは虚血性心疾患の明らかな兆候は認められませんでしたが、胸部レントゲン撮影において、左側横隔膜のわずかな挙上と、胃泡の異常な膨らみが確認されました。続いて実施された上部消化管内視鏡検査(胃カメラ)の結果、重度の逆流性食道炎(ロサンゼルス分類グレードC)と、食道裂孔ヘルニアが発見されました。この症例における胸痛の正体は、物理的な横隔膜の疲労に加え、ヘルニア部位での嵌頓的な刺激と、食道粘膜の化学的な炎症痛が複合したものであると結論づけられました。治療として、まずは静脈注射によるプロトンポンプ阻害剤(PPI)の投与を行い、胃酸の分泌を強力に抑制しました。併せて、しゃっくりの神経回路を遮断する目的でクロルプロマジンを低用量処方しました。入院管理下での安静と薬物療法を開始してから約六時間後、吃逆の頻度は劇的に減少し、翌朝には完全に消失しました。吃逆の停止に伴い、患者が訴えていた胸痛も速やかに消失したことから、今回の痛みは器質的な損傷というよりは、神経刺激と筋肉の過負荷に起因する機能的な痛みが主であったと考えられます。この事例から得られる重要な知見は、高齢者における頑固なしゃっくりは、単なる疲れと片付けず、食道裂孔ヘルニアのような構造的な変化が背景にないかを精査する必要があるという点です。また、しゃっくりによって誘発される二次的な胸痛が、心臓由来の痛みとの鑑別を困難にさせることもあり、初期対応における多角的な画像診断の重要性が再確認されました。退院後のフォローアップでは、患者の食習慣の改善(夜食の禁止、高脂肪食の回避)を指導したところ、三ヶ月後の再診時まで再発は認められませんでした。しゃっくりと胸痛という組み合わせは、内科、消化器科、循環器科の境界領域に位置する病態であり、包括的なアプローチが不可欠であることを本事例は示しています。
しゃっくりに伴う胸痛の事例研究報告